監修:社会保険労務士 請川智章(社会保険労務士登録番号 第37250012号/中四国障害年金相談センター 代表)
本記事は国民年金法、医師法、日本年金機構の公表情報に基づき作成しています。
この記事の結論
大人になってからADHDやASDと診断された場合の初診日は、その障害の症状、またはうつ病などの二次障害で初めて医療機関を受診した日です。
遡及受給(認定日請求)を成功させる最大の鍵は、初診日から1年6ヶ月後の障害認定日(国民年金法第30条第1項)時点のカルテが、当時の病院に残っているかどうかです。
カルテが残っていなくても、お薬手帳や診察券、母子手帳、通知表などの客観的資料を積み重ねることで、初診日の証明や病歴・就労状況等申立書の補強につなげられる可能性があります。
「仕事がうまくいかない」「人間関係でトラブルが絶えない」……。大人になってからADHD(注意欠如・多動症)やASD(自閉スペクトラム症)と診断され、これまでの生きづらさの正体に気づく方が増えています。日常生活や就労に大きな支障が出ている場合、障害年金の受給は生活を支える重要な柱となります。
しかし、発達障害の申請で最も高いハードルとなるのが「初診日の特定」と「遡及(さかのぼり)受給」です。本記事では、大人になってから判明した発達障害における初診日の考え方や、過去に遡って受給権を勝ち取るための具体的な証拠集めのポイントを、専門的な視点から徹底解説します。
ADHD・ASDなど大人の発達障害では、いつが初診日になりますか?
ADHDやASDの症状、またはそれに関連する不調(うつ病などの二次障害)で、初めて医師の診療を受けた日が初診日になります。先天的な特性である発達障害の場合、「いつを初診日とするか」の判断が非常に複雑です。

初診日が受給額や等級を左右する理由
初診日とは、障害の原因となった病気やケガについて、初めて医師などの診療を受けた日のことを指します。この日がいつになるかによって、加入している年金制度(初診日に国民年金か厚生年金か)、保険料納付要件、障害認定日(いつの時点の診断書が必要になるか)の3点が決まります。特に「大人の発達障害」の場合、社会人になってから厚生年金加入中に受診したのか、それとも学生時代(20歳前)に受診歴があるのかで、受給できる年金額に大きな差が出ることも珍しくありません。
「子供の頃の受診」は初診日になるのか?
発達障害の方の中には、幼少期に「落ち着きがない」「こだわりが強い」といった理由で小児科や教育相談に通っていたケースがあります。もしその際に、発達障害に関連する診断や診療が行われていれば、そこが初診日と見なされます。ここで注意が必要なのは、20歳前に初診日がある場合は「20歳前傷病」として扱われる点です。この場合、保険料の納付要件は問われませんが、前年の所得が一定額を超えると年金の全部または一部が支給停止となる所得制限(国民年金法第36条の3)があるほか、厚生年金(3級)の対象外となるため、現在の状況に合わせた慎重な判断が求められます。
私は先に心療内科で「うつ状態」と診断されて、その後に発達障害だと分かりました。この場合、初診日はどちらになりますか?
社労士医学的に見て、うつ状態が発達障害による二次障害だと判断される場合は、最初にうつ状態で受診した日が初診日として扱われます。診断名が後から変わっても、最初に医療機関にかかった日が基準になる、という考え方です。
ADHDとASDの両方の特性がある場合の初診日の考え方
実際の診療の現場では、ADHDとASDの両方の特性を併せ持つと診断されるケースも少なくありません。この場合でも、初診日の考え方が複雑になるわけではなく、発達障害に関連する症状で最初に医療機関を受診した日が初診日となる点は変わりません。後からASDの診断が追加された、あるいはADHDの診断が追加されたという経緯があっても、一連の発達障害として扱われ、最初の受診日にさかのぼって初診日が判断されるのが基本的な考え方です。診断名の変遷そのものよりも、「一貫して発達特性に関連する症状で通院していたか」という実態が重視されます。
発達障害で遡及受給を成功させるには何が必要ですか?
初診日から1年6ヶ月後の障害認定日(国民年金法第30条第1項)から3ヶ月以内の期間に作成されたカルテが、当時の病院に残っていることが絶対条件です。遡及受給とは、本来であれば数年前に受給を開始できたはずの年金を、過去に遡って一括で受け取る請求方法(認定日請求)のことで、最大5年分の年金が支給されるため経済的なメリットは非常に大きくなります。
障害認定日請求と事後重症請求の違い
障害年金の請求方法には、大きく分けて2つの形があります。
| 認定日請求(遡及請求) | 事後重症請求 | |
|---|---|---|
| 対象となる時点 | 初診日から1年6ヶ月後の障害認定日 | 請求時点(現在)の状態 |
| 必要な診断書 | 認定日から3ヶ月以内のカルテに基づく診断書 | 現在の状態を反映した診断書1通 |
| 受給できる範囲 | 認定日の翌月分から最大5年分を遡って受給可能 | 請求した翌月分から将来に向けて受給 |
| 成立の条件 | 認定日当時のカルテが残っていること | カルテの有無を問わない |
認定日時点の「カルテ」が残っているかが最大の鍵
実務上、医師が当時のカルテを見ずに、現在の本人の証言や他の資料だけで当時の診断書を「推察」して作成することはできません。もし当時の病院が廃院していたり、カルテが廃棄されていたりする場合は、残念ながら認定日請求(遡及)を行うことは困難となり、現在の状態での「事後重症請求」を検討することになります。まずは当時の病院にカルテが存在するかを確認することが、遡及への第一歩となります。
初診日を証明するカルテが残っていない場合、どうすればいいですか?
お薬手帳や診察券、母子手帳、当時の通知表など、初診日を推定できる客観的な資料を積み重ねることで、カルテが無くても初診日を認定してもらえる可能性があります。医師法第24条第2項により診療録の保存義務は5年間とされているため、10年以上前の初診日を証明する場合、最初の病院に記録が残っていないことは珍しくありません。

初診病院のカルテ廃棄・廃院時の対処法
次のような資料が初診日を特定する「客観的証拠」として有効です。お薬手帳、診察券、医療費控除の確定申告書類。健康保険の給付記録(傷病手当金など)。転院先の病院に残っている「紹介状」の写しや、初診に関する記載。これらが一つでも見つかれば、それらを積み上げることで初診日を認定させることが可能です。
母子手帳、通知表、第三者証明の活用
初診日の病院にカルテがない場合、さらに補強資料として以下のものが役立ちます。母子手帳の検診時の「言葉の遅れ」「視線が合わない」などの記載。小中学校の通知表にある担任からの「集団行動が苦手」「忘れ物が多い」といった具体的なコメント。当時の状況を客観的に知る知人などによる第三者証明(他の客観的資料と併せて提出)。これらは直接の初診証明にはなりませんが、「病歴・就労状況等申立書」の内容を裏付け、初診日認定を有利に進めるための重要なパーツとなります。
診断書や申立書は、どう書けば審査で有利になりますか?
当時のカルテや資料を医師に提示して実態を正確に伝えること、申立書には事実と異なる「見栄」を書かないことが、審査を有利に進める最大のポイントです。当時のカルテがあり、認定日請求ができる場合でも、診断書の内容が実態を反映していなければ受給は遠のきます。

当時のカルテ記載を補完する資料の提示
当時のカルテが残っていても、診察時の会話が簡潔すぎて、日常生活の困難さが十分に記載されていないことがあります。その場合、当時の通知表や家計の記録、家族のメモなどを医師に提示し、「当時はこれほど困っていた」という事実を伝えることが重要です。医師がカルテの記録を確認しつつ、当時の本人の状況をより解像度高く理解することで、実態に即した診断書の作成につながります。
病歴・就労状況等申立書で「詰む」パターンを回避する
申立書は、ご本人が作成できる唯一の反論の場です。しかし、ここで「普通に学校を卒業した」「フルタイムで働いていた(実際は欠勤だらけ)」といった、事実と異なる「見栄」を書いてしまうと、不支給の決定的な理由になります。支援を受けてようやく卒業できた、合理的配慮を受けてなんとか在籍しているといった「援助の内容」を克明に記すことが、正しい等級認定への近道です。
よくある質問
Q. ADHD(注意欠如・多動症)だけでも障害年金の対象になりますか?
A. はい。ADHD単独でも、日常生活や仕事に著しい支障があり、障害等級に該当すれば対象になります。うつ病などの二次障害がなくても申請は可能で、ADHDの特性そのものによる生活のしづらさが、診断書や申立書に具体的に反映されているかが審査のポイントになります。
Q. 認定日請求と事後重症請求はどちらを選べばいいですか?
A. どちらが選べるかは、当時のカルテの有無で決まります。認定日から3ヶ月以内のカルテが残っていれば認定日請求(遡及)を、なければ事後重症請求を検討します。
Q. 発達障害の診断がまだ確定していなくても申請できますか?
A. 診断名が確定していなくても、関連する症状で診療を受けた日が初診日として扱われるため、申請の準備を始めることは可能です。
Q. 学生時代に発達障害の診断を受けていた場合、初診日はどうなりますか?
A. その診療が発達障害に関連するものであれば、学生時代の受診日が初診日となり、「20歳前傷病」として扱われる場合があります。この場合は保険料納付要件が問われない一方、前年所得による支給停止の仕組みがある点には注意が必要です。
Q. 病歴・就労状況等申立書は誰が書きますか?
A. 申立書は請求者ご本人が作成します。当時の状況を、実態のまま具体的に記載することが重要です。
まとめ|「生きづらさ」を適正な権利に変えるために
大人になってから判明した発達障害の障害年金申請は、過去の記録を掘り起こす非常に緻密な作業を伴います。特に「遡及受給」は、カルテの有無という物理的な壁に加え、証拠の整合性が厳しく問われるため、専門的な判断が欠かせません。
「初診日がわからない」「昔の病院がなくなっている」と立ち止まっている方は、まずは一歩、専門家への相談を検討してみてください。限られた証拠の中から、あなたの受給権を確保するための最適な戦略を一緒に見つけ出しましょう。来所が難しくてもLINEで気軽にご相談いただけます。
参考資料
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