精神疾患で障害年金を受給している方にとって、数年に一度訪れる「更新(障害状態確認届)」は、非常に大きなプレッシャーです。
中でも実務上、最も注意が必要なのが「診断名の変更」です。
例えば、受給開始時は「うつ病」だったのが、治療が進むにつれて主治医から「適応障害」や「パニック障害」といった病名を告げられることがあります。
一見、症状が限定的になったポジティブな変化に思えるかもしれません。
しかし、障害年金の実務においては、この病名の変更が「支給停止(不支給)」に直結する深刻なリスクを孕んでいます。
今回は、なぜ「神経症」への病名変更が危ないのか、そして不利益を被らないために更新時に必ずチェックすべきポイントを解説します。
精神疾患の「認定対象」と「対象外」の境界線

障害年金の審査には、国際的な疾病分類である「ICD-10」が用いられています。
精神疾患であれば、大きく分けて「F2・F3グループ」と「F4グループ」に分類されますが、ここが運命の分かれ目となります。
原則として対象外とされる「神経症(F4)」
パニック障害、適応障害、強迫性障害、不安障害などは、ICD-10では「F4:神経症性障害、ストレス関連障害および身体表現性障害」に分類されます。
現在の認定基準では、「神経症(F4)は、原則として認定の対象としない」と明記されています。
理由は、神経症は心理的な要因が強く、適切な治療や環境調整によって改善する可能性が高い(=固定した障害ではない)と考えられているためです。
「うつ病」から「神経症」への変更が危ない理由
これに対し、うつ病や双極性障害などの「F3:気分(感情)障害」は認定の対象です。
更新時に診断名が「F3(うつ病など)」から「F4(適応障害など)」に変わってしまうと、審査側は「認定対象の病気が治り、対象外の病気へ移行した」あるいは「症状が著しく改善した」と判断し、支給停止(更新却下)の決定を下す可能性が非常に高くなります。
なぜ更新時に病名が変わってしまうのか?
臨床(病院での治療)の場と、年金審査の場では、病名に対する重要度の捉え方が異なります。
主治医の交代:
転院や病院内の人事異動で主治医が変わると、新しい医師が現在の「不安症状」を重視し、過去の経緯を考慮せずに「パニック障害」などの診断を下すことがあります。
「抑うつ状態」の改善:
深刻な落ち込み(うつ)は改善したものの、特定の場面での不安や社会復帰への恐怖が強く残っている場合、医師は現状に即して「適応障害」と記載することがあります。
医師は「患者の現状に最も近い病名」を医学的に付けているだけで、それが年金受給資格を失わせる行為であるとは認識していないケースが少なくありません。
支給停止を避けるための「救済措置」と診断書のポイント

診断名が神経症(F4)になったからといって、100%支給停止になるわけではありません。
認定基準には、重要な「例外規定」が設けられています。
救済のキーワード「精神病の病態を示している」
神経症であっても、その症状がうつ病や統合失調症などの「精神病」と同等に重く、日常生活に著しい制限がある場合は、特例として認定の対象になります。
この場合、診断書の備考欄などに医師から「精神病の病態を呈している(あるいは精神病の病態に準じる)」といった具体的な一筆を添えてもらうことが、受給継続のための絶対条件となります。
病名以上に「日常生活能力」の判定が重要
たとえ病名が適応障害であっても、診断書裏面の「日常生活能力の判定・程度」の欄が、前回受給時と同じく「重い制限あり」となっていれば、認定の可能性は残ります。
実務上のアドバイス:診断書を依頼する前にすべきこと

「病名が変わったせいで年金が止まった」という事態を防ぐため、社労士として必ずおすすめしている対策があります。
「年金更新であること」を明確に伝える:
「この診断書の結果で生活の糧である年金が決まる」という重みを、主治医に改めて共有してください。
現在の「困りごと」をメモで渡す:
診察の短い時間では、医師はあなたの「日常生活の不自由さ」をすべて把握できません。
「一人で外出できない」
「薬がないとパニックになる」
「家事が一切できない」
といった具体的な不便さをメモ(生活状況報告)として渡しましょう。
以前の診断書との整合性を確認する:
主治医が変わった場合は、前回の診断書のコピーを医師に見てもらうことも有効です。
現在の病名が前回と異なる場合、それが「改善によるものか、それとも単なる見解の違いか」を医師に確認してもらうきっかけになります。
まとめ:病名に振り回されず、正しく「実態」を伝えよう
障害年金は、病名だけで決まるものではありません。
しかし、精神疾患の更新において「診断名(ICD-10コード)」が持つ影響力は無視できないほど強力です。
もし、主治医から「病名を変える」と言われたり、診断書を見て不安を感じたりした場合は、書類を提出する前に専門家(社労士)に相談してください。
病名が変わったとしても、あなたの「生活の苦しさ」が以前と変わらないのであれば、それを正しく審査に伝える方法は必ずあります。
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